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研究を重ねた専門家が指南 学校ICT・セキュリティコラム

ISEN委員長 山西先生のコラム

2012.05.31

【5/31 後編を追加】フューチャースクール先進国から学ぶもの

●日本のフューチャースクール事業のモデルとなった、
 シンガポールのフューチャースクール

総務省のフューチャースクール事業や連携した文部科学省の学びのイノベーション
事業が、昨年の小学校10校に引き続き、今年は中学校8校と特別支援学校2校に
拡大された。21世紀を生きる子どもたちの学びにふさわしい学習環境や教育方法の
開発に向けた実証研究事業が展開される。

 ご存じの方も多いと思うが、この事業はシンガポールでのフューチャースクール
への取り組みがモデルである。2008年5校でスタートしたこの事業に、今年から
Nan Chiau小学校とNgee Ann中学校が新たに加わり、現在8校がフューチャー
スクールとしての活動を行なっている。2015年までには12校まで拡大させる計画
とのことである。

 シンガポールのフューチャースクールについて話をする前に、シンガポールの
教育事情やICTの活用について理解しておく必要がある。シンガポールの人口は
約400万人、学校数は日本の小学校から高等学校に相当するものとして約350校
である。そのうち小学校は170校、中学校は154校。児童生徒の数は約53万人、
教員約2万7千人である。この教員を育成する教員養成大学がNIE(国立教育研究所)
にあり、一つの大学で教員養成や現職教員の研修を担えることで、学校の学習環境
作りや教育方法に関する技術伝達が的確かつ容易に行える。

●政策としてICT利活用をすすめた、「ICTマスタープラン」

 さて、シンガポールの教育へのICT活用は、教育省のICTマスタープランのもとに
1997年から始められた。情報化時代に生きる子どもたちに必要な知識や技術として
のICT活用能力を育成するとの目的で始められたのである。勿論、1997年以前の
1970年代後半からいくつかの取り組みが行われていたが、ICTの教育利用が政策
として体系的に始められ、発展充実していくのは、このICTマスタープランに負う
ところが大きい。

 シンガポールでICTの教育利用が政策として体系的に始められ、発展充実できた
のは、ICTマスタープランに負うところが大きい。

 最初はマスタープラン1(MP1)で1997年から2002年が実施された。環境整備と
教員のICT研修が中心であった。

 続いてマスタープラン2(MP2)が2003年から2008年まで実施された。このMP2では、
ICTによる教育方法の改善やカリキュラム改革など多くの革新的取り組みが進め
られた。児童生徒には教科の学習目標とは別に、小学校から大学予科まで発達段階に
応じたICTを活用する能力の基準(ICT活用基準)が定められ、ICTを活用する教育
カリキュラムの改編も行われた。

 MP2の目標はICTを学習に効果的に取り入れ、児童生徒が意欲的かつ自立的に学習
する力をつけることであった。ICTの活用が進む学校には「Bottom-up initiatives,
 Top-down support」と言われ、予算的にも人的にも政府の支援が手厚く行われた。
約70の学校がLEAD ICTスクールとして教科や教科横断的な学習のモデル校として
積極的なICT利活用に取り組んだのである。

 シンガポールでは、このLEAD ICTスクールが全学校の15%から20%であり、この後の
フューチャースクールは全学校の5%程度とするICT政策が進められているのである。

 この階層構造がしっかりしていて、フューチャースクールの先生方は、我々は
国の政策的事業に選ばれて取り組んでいるという自覚と自信に満ち溢れている
ように感じられる。

 今回新しく加わったNgee Ann中学校の校長からは「私達の学校の先生は、教員で
あると同時に教育実践の研究者という意識で日々授業改善に取り組んでいる。
100人の教員のうちの約4割の先生が、国内外の学会で発表している」というお話
で、発表リストを見せて頂いたときには「いつこんな時間があるのですか?」と
思わず聞いてしまった。「夏休みや冬休みでおおよそ7週間休みがありますよ」と
言われ、日本の学校事情を考えながら大変羨ましく感じたものである。

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●シンガポールでも日本でも校長のリーダシップが重要

新しくフューチャースクールに加わったNgee Ann中学校では、全教員の4割もの教員
が国内外の学会で自らの教育実践研究を発表している。重要なのはやはり校長の
リーダシップだ。「子どもの能力を引き出し伸ばす最もいい教授方法を常に考える
のが教師という専門職だ」とLim校長は言う。ただ教えるのではなく研究者としての
視点を持って授業に取り組むことが重要という校長のポリシーで、学校が一丸と
なって教育改革に取り組んでいる姿を見るにつけ、これが将来の学校のモデル
となるフューチャースクールなのだという感を強くした。

しかし、この学校とて最初からこのような状況にあったわけではないという。
2007年に取り組み始めた頃は、ICTに関する習熟度認定試験を受験する教員も約4割
程度で、又、4割程度が初心者クラスの認定であったそうだ。しかし2年後には受験
する教員も約7割に増え、その6割程度が上級クラスの認定を受けるまでになった
という。

若手の教員を中心に、学校内に授業改善のプロジェクトを立ち上げ、マイクロソフト
のメンタースクールにもなり、他の学校のICT活用の研修なども行うようになった
という。改革のビジョンをスタッフに理解させ、学校が一丸となってICTを活かした
教育改善に取り組む組織づくりを行った校長のリーダシップに負う所が大きい。

シンガポールと日本では教育制度が違うというが、日本でも校長のリーダシップ
のもと、このような教員の意識改革ができないとは思えない。

教育の情報化のみならず、学校改革には校長など管理職の役割が重要なことはどの
国も同じだ。

 
●目標と結果を可視化し改善に活かすSchool Cockpit

学校改革・改善のためにシンガポールでは教育省がSchool Cockpit(SC)という学校
管理システムを開発運用している。シンガポールのほとんど全ての学校(約350校)
の小学校から中高等学校に至る児童生徒約50万人のデータを収集、管理している
巨大なデータベースだ。学力試験の結果だけではなく、健康や社会性、リーダー
シップや意欲、課外活動での受賞記録等といった様々なカテゴリーで個人の発達
段階に応じた総合的な記録が継続的に管理されている。

SCの結果を見ることで、現時点の状況を知り、次の目標値を設定できる。児童生徒の
個別のデータを学校単位で表現すれば学校の現状が、まるで飛行機の操縦席で
計器盤を見るが如く現れてくる。クラス担任はクラスの現状を、学年で見れば
学年の状況を、学校全体で見れば学校の現状が項目ごとに可視化される。

このSCは、一人ひとりの児童生徒の学習や生活指導の支援になるとともに、学校の
マネージメントに生かされているという。また、全学校の状況を知ることもできる
ので、学校評価や教育政策の立案などにも活用されているという。

日本でも教員一人一台PCを実現し、校務の情報化をはかるべく努力が進んでいるが、
児童生徒の詳細なデータの蓄積と分析による指導計画の立案や発達段階に応じた
学びの継続的支援も今後の課題である。

●統合型授業を国が支援

 昨年の11月、シンガポールのフューチャースクールを訪問していたおり、地元の
新聞の一面に「道徳+数学=新しい指導法」という見出しが載った。教育省が教師
向けの教材を開発したという。

 シンガポールでは将来を担う児童生徒に、公民としての意識や道徳観を育成する
ために、単独の教科ではなく、個々の教科指導の中にそのような教育内容が盛り
込まれているのだ。理科の教師は科学的探究活動の中で倫理的問題を議論したり、
英語の教師は、気配りや思いやり、尊敬といったテーマの教材を英語指導の中に
取り入れている。

より不確実で不透明な時代にそなえ、児童生徒に公民としての意識を持たせること
が重要だからこそ、多くの教科の中で統合して指導するのだという教育大臣の言葉
が新聞に掲載されていた。

 世界的な動向である21世紀型スキルの育成に向け、各国が様々な教育改革を行って
来ているが、このようなシンガポールの取り組みは、地球市民としての社会的責任
の自覚を意識した教育的取り組みである。

 このような学習活動の評価もSC(School Cockpit=シンガポールの学校管理
システム)の中にきちんと位置付いている。

 日本でも学習内容によって、教科横断型授業や統合型授業が行われることは少なく
はない。しかしながら、教科内容の評価は当然として、情報教育や21世紀型スキル
の育成などを目標とする評価は必ずしも十分行われているとは思えない。

 教育の情報化が目標とする情報化時代を生きる子どもたちの新しい資質の育成を
どのような形で実現させていくのか課題も多い。シンガポールでは既にその取組が
始められていた。

山西先生

富山大学 名誉教授、上越教育大学監事
日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)会長
日本教育工学協会(JAET)評議員
教育ネットワーク情報セキュリティ推進委員会(ISEN)委員長
インターネットやコンピューターなどの情報通信技術を用いた
教育方法や学習環境の開発に関して、学校教育から生涯学習まで幅広く研究している。
専門は、教育工学、情報教育。

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