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学校ICT 専門家・研究者のコラム

2018.06.22

ICT利用と教師力

 30年ほど前のことです。当時私は、大阪府北東部にある市立J中学校で
数学を教えていました。初任者として採用されてから5、6年が過ぎたころ、
私より4、5歳年上の数学の女性教諭、S先生が転勤してきました。
当時J中学校は生徒数が多く、1学年が10学級以上あったと思います。
そのため一つの学年に複数の数学教員がおり、私はS先生と同じ学年で
教えることになりました。たとえば、2年生では、1~4組はS先生、
5~8組は私、9、10組はもう一人の先生が数学を教えるという具合です。

 このように教える先生は異なるのですが、中間テストや期末テストは
同じ問題を使います。テスト後、学級平均を計算すると、私が教える
学級より、S先生が教える学級の方が2~3点ほど平均点が高いのです。
最初は、「S先生が教える学級に数学がよくできる生徒が集まっているんだ。」
とか、「2~3点なんて誤差の範囲だ。」と思っていたのですが、
その傾向が1年間続く、また次の年にクラス替えをしても同じ傾向だとなると、
さすがに「あれ~。」となります。
「S先生、ちょっと授業を見せてもらえませんか。」と、S先生の授業を
参観させてもらったこともありましたが、特に変わった指導はありません。
結局この原因はわからないまま、私が転勤し、S先生とは別れてしまいました。

 今の私の研究テーマ、「同じ教材を同じように用いて、同じ時間指導しても、
教員により教育効果に大きな差が生じることがある。何が違うのか。」は、
少し嫌なこの経験がもとになっています。数年前、優れた教師力を持つ
公立小学校教諭M先生を取材する機会を得ました。M先生は、子どもたちからは
「M先生の学級は楽しい。」、保護者からは「M先生が担任すると子どもが
びっくりするほど意欲的になる。」、校長先生からは「M先生なら何でも
任せられる。」と評価されている先生です。M先生からは、合計約10時間
話を聞かせていただくことができました。同時に、たくさんの資料も提供して
いただきました。その結果、M先生の教師力の一端を明らかにすることが
できました。そこには、次の三つの要素から成る「思い」がありました。

 1. 児童を正視する要素
 2. 教育の専門知識とスキルの要素
 3. 教員の自己管理の要素

 「児童を正視する要素」とは、子どもをよく観察し、一人ひとりに応じて
がんばらせ、成功を体験させる配慮です。
次の「教育の専門知識とスキルの要素」とは、どの子どもも指導により伸びる
という信念と、学級を機能させながら個々を伸ばすという指導スキルです。
三番目の「教員の自己管理の要素」とは、学校という限られた時間と環境の
中で、自分の指導を継続させる管理能力です。
これらの「思い」は、教材の選択とその使用の仕組みの根底にある優れた
教員だけがもつ感覚です。

 これまで、ICTという言葉に触れず話を進めてきました。ICT利用の教材は、
優れたものがいくつも開発されていますが、それらはやはり教材です。
どのようなICT利用の教材を選び、それを用いたどのような教育を
仕組むにしても、その効果は先生の「思い」に依存するものだと思います。
今思うと、30年前私が経験したS先生との平均点の差は、教員としての
「思い」の差だったのかもしれません。この「思い」が先生の心に
いつどのように生まれるのか、また熟達者から初心者に伝えることが
できるのか、教師力の研究課題は山積です。

参考文献
赤井悟 教材コーディネーションによる学習意欲の育成
奈良教育大学次世代教員養成センター研究紀要第1号 2015 pp.13-21
佐久間勝彦 教材の選択 授業研究用語辞典(横須賀薫編) 教育出版 1990 p.72

赤井先生

1955年生、
同志社大学工学部卒、兵庫教育大学大学院教育学研究科修了
寝屋川市立第十中学校、同第三中学校数学教諭、
寝屋川市教育研修センター指導主事、
寝屋川市立田井小学校教頭、同校長、
奈良教育大学次世代教員養成センター特任准教授などを経て、
現在、甲南女子大学文学部教授。
専門は、教育方法学、数学教育学。

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