2013.08.01
【教育の情報化が向かう先は?】国策が各学校に行き届いた英国
教育の情報化ビジョンが示されてからはや2年が過ぎた。文部科学省の「学びの
イノベーション事業」や総務省の「フューチャースクール推進事業」も、先発の
小学校を対象とした事業は終了し、後発の中学校と特別支援学校は最終年だ。
「いつでもどこでもインターネットが活用できる無線LAN環境のもと、電子黒板が
配置された教室で、タブレット型PCを児童生徒や教員一人ひとりが学習や教授の
道具として利用する」10年後の学校のモデルを想定した実証研究だ。
これらの研究プロジェクトに加わった学校は、小中特別支援を合わせて
わずか20校である。その研究成果は全国約4万校の学校の、教育の情報化推進に
どう活かされるのか期待したい。
圧倒的多数の学校では、相変わらずコンピュータ室でのPC利用をしている。
教室への電子黒板もほとんどが未設置の状態だ。教育の情報化ビジョンのまとめ
では、教育の情報化の着実な推進に向けて、ソフト・ハード・ヒューマンの総合的、
計画的な推進が謳われている。まずはモノがなければ始まらない。ハードが必要だ。
もちろん、ハードのみでは活用できない。次は子どもや教員を支援する適当な
ソフトだ。ハードやソフトが揃って、初めてそれをどう適切に活用するか、
教師の教育技術が求められる。デジタル教科書の開発が進められている。
タブレットPCもさまざまな機能や形態のものが揃ってきた。しかし、それらを活用
するための、学校や教室の無線LAN環境の構築計画は見えない。教育の情報化推進
に求められるのは、あるべき論ではなく、きちんとした整備計画だ。
OECDによる教育機関への公財政支出の対GDP比(2012)によれば、OECDの平均5.4%
に対して日本は3.6%だ。OECDの平均並みに教育予算が準備されれば、環境や人材の
整備がもっと進むと思うのは筆者のみではないだろう。
さて、これから教育の情報化を着実に進めるには、どうすればよいのか。教育の
情報化先進国の事例から眺めてみたい。教育の情報化の先進国がどこかは、
人によって考えがあるだろうが、筆者の考えでは、ハードやソフトといった環境は
ともかく、教育の情報化を支える、さまざまな制度が整っている国として英国を
挙げたい。1人1台PCが実現されているわけではないが、あたりまえのように、
日常的に電子黒板やPCが活用されているという点では、環境も教員のICT活用
指導力も、そして校長の意識も全体的に優れている。
英国の公立小・中学校を訪問してまず感じるのは、どの学校に行っても最低限、
教室には指導用PCと電子黒板があることだ。教師は日常的に学習指導で必要な
教材コンテンツを活用している。英国ではブレア政権時代、教育改革に力を入れ、
1990年からの約10年間に毎年1,500億円近い予算を投じて教育の情報化に関わる整備
を行ってきた。日本でもこれに近い予算が投じられてきているが、日本では
地方交付税措置のもと、必ずしも教育の情報化に必要な整備が行われてこなかった。
これに対し、英国では目的予算として、どの学校でも教育の情報化に必要とされる
PCや電子黒板、教育用コンテンツの整備充実が図られた。
2000年のナショナルカリキュラム改訂後、教科としてのICTが全ての
キー・ステージで必修となったことと同時に、各教科の中でもICTの活用が義務
付けられた。2005年の学びの質を向上する教育の情報化推進施策
「Harnessing Technology」によって、環境整備のみならず、学習指導に効果的に
ICTを活用する多種多様な事業も展開された。
さらに、1992年に設置された学校の教育評価を担う教育水準局(the Office for
Standards in Education,Ofsted)や、1998年に設置された教育の情報化を推進
する英国情報教育振興機関(British Educational Communications and
Technology Agency;Becta)の果たす役割は大変大きかった。
特にBectaによる「Self-Review Framework:自己評価フレームワーク」は、各学校
でのICT活用の実態を評価する基準として用いられた。また、ICT活用が優秀な学校
にはBectaからICTマークが付与され、そのICTマークの有無で地域教育委員会
からの学校予算にも反映された。
そして教員のICT活用を推進するため、校長などの管理職を対象としたICT活用
研修を戦略的に全国で展開した。この管理職研修は、学校内のICT活用をいかに
ビジョンを持って進めるか、学校内の教員が一丸となってICTの有効活用を考える
組織作り、予算獲得の戦略などを考えさせる研修として実施され、高い評価を得た
とともに、英国の教育の情報化推進に大きな役割を果たした。2003年から5年間
にわたって行われたこの研修は、その効果が認められ、2008年からは校長資格を
得るための、校長養成カレッジの研修カリキュラムに組み込まれ、全校長が受講
することとなった。
とにかく、英国における教育の情報化の推進は、全ての教科でのICT活用
とともに、情報教育、校務の情報化と内容は、我が国とほとんど変わりがない。
しかし、日本はICTの日常的な活用度ではとても及ばない。校長である管理職の
ICT利活用が学校マネジメントに有効だという現実、教科での利活用の実態が評価
され、人事や予算に影響する評価の厳しさがあるのかもしれないが、
最も重要なのは、ICTの利活用が児童生徒の学習指導に有効な手段だという
教員の意識であろう。
2010年、キャメロン政権下で、財政赤字削減を理由にBectaが廃止され、その機能
の一部が教育省に統合された。教育の情報化推進のための予算が大幅に削減される
という。また、2014年から新しいナショナルカリキュラムによる教育が始まる。
従来のICT活用の項目が減り、ネットの安全・安心の内容が増えた。教育の情報化
推進に関するさまざまな研修プログラムや評価のためのデータ収集などを
行ってきたBectaの廃止によって、これからの英国における教育の情報化推進が
どのように進むのか、注目されるところである。
山西先生
富山大学 名誉教授、上越教育大学監事
日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)会長
日本教育工学協会(JAET)評議員
教育ネットワーク情報セキュリティ推進委員会(ISEN)委員長
インターネットやコンピューターなどの情報通信技術を用いた
教育方法や学習環境の開発に関して、学校教育から生涯学習まで幅広く研究している。
専門は、教育工学、情報教育。