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学校ICT 専門家・研究者のコラム

2015.10.01

無限大はいいことか

こんな話をすると、年寄りだと言われそうだが、
かつてのパソコン通信時代、料金は従量制だったので、
1分でも早く回線を切らなくては、どんどん料金が加算されてしまう状況だった。

時間との闘いとはよく言ったもので、常時接続という繋ぎ方はあり得なかった。
だから、常時接続でどれだけインターネットを利用しても、
同じ料金だというサービスが普及することは大革命であった。
時間を気にすることなく、ネットに接続できる幸せを噛み締めたものだ。

デジタルネイティブの子供たちは、そもそもデータ通信に
費用が掛かっているといった感覚があるのだろうか。

「電話代」などという言葉がすでに死語になりつつあるが、
バッテリーの減り具合は気になっても、通信に関するコスト意識は
おそらくないだろう。しかし、データ通信のように目に見えないものほど、
止まったりなくなったりした時に、その存在の大きさに気付くものである。
つまり、限界を知るからこそ、有限の大切さ、ありがたさを実感する。

世の中、幾度となく同じことを繰り返してきているのが、
買い占めによる品薄現象だ。オイルショック時のトイレットペーパーに始まり、
納豆やココア、マスクなどもこれまで、同様の品薄が起こった。
なくなってみると、いつでも買えたのがありがたかったと思うものである。

クラウドが普及し、保存領域は無限に近づき、インターネットの高速化や
パケット制限なしのようなサービスも当たり前になってきている。
ワークシートが無限に広がるツールを使い始めると、最初はありがたく
感じていても、途中から何だか落ち着かない状況に陥る。
無限に溜め込んで、検索によって必要な情報を引き出すより、
ある程度の情報を整理しながら、決まった大きさの中に書き込んでいく方が
わかりやすく感じるようになる。

コミュニケーションツールも同じではないだろうか。
いつでもどこでも誰とでもコミュニケーションができるのは、
制限がなく魅力的だが、メリハリがつかない。
言葉を解釈したり、振り返ったりする時間を気にしなくなる。

投稿前に書いた内容を読み直さないのが当たり前というのは信じられない。
かつては、メールをオフラインで書き、通信を始めたら一気にアップロード
したといった、通信時間・費用を気にしながら作業をしていたという話をしても、
きっと意味がわからないだろう。

そう考えると、利用時間が決められて、多少不自由な環境に置かれることは、
悪いことではないと考えるが、どうだろう。

中川先生

三好市立下名小学校 教頭
教育情報化コーディネータ1級、総務省地域情報化アドバイザー、
Microsoft Expert Educators 2015 Education Leaders

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