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2020.02.14

右斜め上から眺める協調学習(2)「平和ぼけ」とコラボレーション

みなさん、こんにちは。
茨城大学の鈴木と申します。

今回は、「平和ぼけ」というちょっと過激な言葉を
タイトルに使わせていただきました。
「平和ぼけ」とは、平穏な状況に慣れきってしまったせいで、
困難の兆候を無視したり、見落としてしまったりすることを言います。

私は自分の授業のすべてに、他の学生との
コラボレーションの機会を組み込んでいます。
その目的は大きく二つです。
一つは、コラボレーションを通して学びを促進すること、
つまり協調による学習効果を得るため。
もう一つは、コラボレーションスキルそのものを高めることです。
後者は、「社会人基礎力(経済産業省 平成18年)」の
一つの柱である「チームで働く力」の基盤となるものですので、
ぜひとも身に付けてもらいたいと考えて授業に臨んでいます。

社会に出た時に役立つコラボレーション能力の要素には、
何があると思いますか?
傾聴すること、意見を主張し説得すること、
共感すること、合意を形成すること…。
こんなことの訓練を活動の中に組み込んでいけば良さそうです。
実際、そう考えて何年も授業をやってきました。

コミュニケーションが苦手な学生というのは
一定数存在するので、その点のケアには気を遣いますが、
それ以上の問題を感じたことはなく、
私は社会で役立つ良い授業をしていると自負していました。
書店であの本を見つけるまでは。

それが「敵とのコラボレーション」
(アダム・カヘン著、小田理一郎監訳、英治出版)です。
インパクトのあるタイトルだと思いませんか?
副題には、「賛同できない人、好きではない人、
信頼できない人と協働する方法」とあります。

そうです。やる気のある人柄のいい学生たちに囲まれて、
私は平和ぼけしていました。協力的で平和的な集団を
コラボレーションの前提にしていました。
学生も人間ですので、細かく見ればいろいろな対立や
葛藤があるのですが、授業という枠の中では、
人間関係の亀裂が大きく現れるということはありません。

しかし、右斜め上から眺めれば、
そのような平和的なコラボレーションの訓練では
対応できない領域があるのです。
それが「敵とのコラボレーション」です。
そして、社会の中で活躍するために、
本当の意味で必要なのが、この、好きではない人、
賛同できない人とのコミュニケーションなのかもしれません。

敵とのコラボレーションは、
従来のコラボレーションの考え方では対応できないと
その本は言っています。具体的には…
それは本を読んでいただきたいのですが、
ポイントは、人を変えるのではなく自分も変わるという意識、
「こうあるべき」から「こうもできる」という目標設定への転換、
そして、完璧な成功を求めず、その場、その場での
テンポラリーな解決を模索しつづけるスタミナ、
といったところでしょうか。このような姿勢を、
この本では「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉に
集約させているように思います。

「ネガティブ・ケイパビリティ」は詩人キーツの言葉です。
さまざまな解釈がある言葉ですが、今回の文脈では、
「わからない」、「できない」、という状況に対する耐性でしょうか。
「あ、だめだ、できない」「この人は理解できない」と思った時に
投げてしまわず、わからないこと、理解できないことを、
わからないこととして心に留めておく持続力と
言い換えてもいいかもしれません。
このモヤモヤした状態に耐える力が、
理解できない「敵」と持続的に協働していく基盤となるのです。

敵とのコラボレーションは、教育にとっては劇薬だし、
どの側面をどうやって授業デザインに落とし込めるかもまだ曖昧です。
しかし、学生がけがをしないような形で、なんとか
取り入れることができれば非常に面白いんじゃないかと思います。
ここに協調学習研究・実践の新たな可能性が開けるかもしれません。

鈴木先生

茨城大学人文社会科学部教授。
教育⼯学、認知科学を専⾨とし、
コンピューターを活用した協調学習の研究を進めている。
電子情報通信学会教育工学研究専門委員会委員長。

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